2012年6月3日日曜日

キャビテーションとバブル核融合

5月31日に東北大学電子光理学研究センター・凝縮系核科学グループから、「核融合反応を促進する液体Li超音波キャビテーション」と題したプレスリリースが発表されました。

「凝集系核科学」は「Condensed Matter Nuclear Science」のことで、実は、常温核融合研究の正式名称の一つです(この他にLENRという名称も有名です)。常温核融合の国際学会は、The International Society for Condensed Matter Nuclear Science という名称です。

論文はPhysical Review C誌に掲載されています。
http://prc.aps.org/abstract/PRC/v85/i5/e054620
Phys. Rev. C 85, 054620 (2012) [20 pages]
Acceleration of the d+d reaction in metal lithium acoustic cavitation with deuteron bombardment from 30 to 70 keV

論文内容は私には難しすぎるので、プレスリリースから引用させていただきます(赤字は引用者によります)。この研究では、超音波をあてる事で発生したキャビテーションにより約700万度Kという高温プラズマができ、それがDD核融合反応を促進していると分かったようです。
東北大学電子光理学研究センター・凝縮系核科学グループは、超音波を作用させた液体金属 Li に重陽子ビームを照射することにより、DD 核融合反応が大きく促進されることを見出しました。反応率増大の要因は、「超音波キャビテーション(注 1)により、液体金属 Li 中に 700 万度にも及ぶ高温度の重陽子プラズマが生成されたことにある」と判明しました。この発見は、超音波キャビテーションによる高温プラズマ生成の直接的証拠を示したもので、卓上サイズ実験によるプラズマ核融合研究の可能性を開くものです。 
【研究内容】
恒星内では、プラズマ中での熱核融合(注 2)により、軽い原子核から重い原子核へと核変換が進行し、それに伴うエネルギーが放出されます。宇宙における元素合成のメカニズム解明や地上での核融合エネルギー利用開発のためには、密度や温度の異なった広範囲にわたるプラズマ状態での核反応研究が欠かせません。 
凝縮系中での核融合反応を大幅に増大させる物理的環境を探索している東北大学電子光理学研究センター・凝縮系核科学グループは、今回、超音波を作用させた液体金属 Li に、低エネルギー重陽子ビームを照射することにより、DD 核融合反応(注 3)が大きく促進されることを見出しました。 
実験では、液体 Li 標的に 30~70 keV の重陽子ビームを照射しました。同時に、液体 Li への超音波照射の ON(照射)/OFF(非照射)を繰り返しながら、ビーム照射中に生じる D(d,p)T 反応(注 4)からの陽子(p)の収量とエネルギースペクトルを測定しました。その結果、超音波 ON 時にのみ、陽子収量(反応率)が著しく増加する(図1)、及び、陽子のピークの裾が高エネルギー側に広がる (図2)という顕著な現象が観測されました。収量とピーク形状に関して運動学的な解析が行われ、標的重陽子は、超音波 ON 時に液体 Li 中に生じる超音波キャビテーションにより約 700 万度 K の高温プラズマ状態にあることが判明しました。この実験では、「バブル核融合」(注 5)の証拠は見出せなかったものの、高温プラズマ標的による核反応の大幅促進効果を明白に示しました。  
これまで、液体中で超音波キャビテーションにより生成される高温状態の温度は、数千度~数万度の領域ではソノルミネッセンス(注 6)の観測等により直接測定されています。今回の結果は、液体金属 Li 中での超音波キャビテーションにより 100 万度 K を超える高温プラズマ生成の直接的証拠を示したもので、卓上サイズ小型実験装置によるプラズマ核融合研究の可能性を開くものです。 
この研究をされている鳥谷部博士と笠木博士は、2010年3月に開かれた常温核融合の研究会JCF10でも同様のテーマで発表されていました(拙ブログ「JCF10のアブストラクト公開&バブル核融合の話題」参照)。

キャビテーションとかソノルミネッセンスという言葉には、あまり馴染みがないのですが、以前のエントリでも触れたように、キャビテーションを捕食のための武器にしている「テッポウエビ」というエビがいて、その映像を見るとキャビテーションの威力の一端が見てとれます。以下の動画には、テッポウエビがハサミを閉じてキャビテーションを発生させ、別のエビを攻撃しているところが収められています。
また、このテッポウエビのキャビテーションについては、以下のブログエントリに解説がまとまっています。
このエントリから説明を引用させていただきます。

先ほど、はさみを閉じる時に音が出ると書きましたが、実はこれは正確な表現ではありませんでした。参照論文1の研究では、超高速カメラと水中聴音機を使って、はさみが閉じるタイミングと音が出るタイミングとを比較しています。この実験の結果、はさみを閉じてから650マイクロ秒後に大きな音が記録されました。これはいったい何を意味しているのでしょうか?
論文に掲載されている写真をよく見ると、はさみを閉じたあと「波動拳」のようなものがはさみの先から放出されています。これはキャビテーションと呼ばれる「泡」です。エビのはさみがすごい勢いで閉じると、そこから発生した水流がとんでもない速度(時速100Km以上)に達します。ベルヌーイの法則によれば、流体の速度が速くなると流体の圧力は低下します。この時の圧力が蒸気圧を下回ると水は「沸騰」して、キャビテーションが発生します。
キャビテーションは短時間で崩壊してしまいますが、この時に発生する衝撃圧が大きな音の原因でした。
ここで言及されている「超高速カメラ」で撮った映像が論文の著者達のページで公開されています。

以下にそのビデオ映像を並べてみます(ダウンロード速度をかせぐためにYouTubeに転載させていただきました)。
High-speed image recording (40500 fps) of the snapping shrimp in top view.

High-speed image recording (13500 fps) of the snapping shrimp in side view.

This high-speed video recordings of the snapping shrimp

This high-speed video recordings of the snapping shrimp

如何でしょうか。こんな事を生物ができてしまうなんて面白いですね。
さて、先ほどのブログでは続けて、ソノルミネッセンスに関する研究の紹介と、その後のバブル核融合への挑戦が失敗続きであったことが述べられています。鳥谷部博士らの研究は、このバブル核融合への挑戦の続きなのだと思います。長くなりますが引用させていただきます。

さて、この論文が発表されてから1年後に、同じ研究グループからまたもやすごい報告がありました。
参照論文2
Nature 413, 477-478 4 October 2001
Snapping shrimp make flashing bubbles
Detlef Lohse, Barbara Schmitz and Michel Versluis
なんと、テッポウエビが出す波動拳が光るというのです。
これは、ソノルミネッセンス(sonoluminescence、 sono = 音/luminescence = 発光)と呼ばれる発光現象です。現在の主流な見解では、キャビテーションが急激に収縮する時に内部の気体の温度と圧力が爆発的に上昇し、内部気体がプラズマ化して光る・・・と考えられています。このプラズマ化に必要な温度は約5000 kelvinと言われているのですが、太陽の表面温度とほぼ同じです。圧力も1000気圧程度に上昇します
以上の事から考えると、テッポウエビが作り出すキャビテーションが光るということは、波動拳の温度が瞬間的に5000 kelvin程度まで上昇していることになります。これをまともに食らったら、獲物が気絶してしまうのも無理ないでしょう。もっとも、この温度上昇は非常に局所的で、且つ一瞬の出来事ですので、テッポウエビが辺り一面を焼き尽くすと言うことはありません。
参照論文2では、一つの波動拳から5万個程度の光子しか検出できなかったそうです。これは、高感度検出器なら検出できるレベルですが、残念がら、肉眼では暗すぎて見ることが出来ません。それにしても、ソノルミネッセンスを生物が作り出すというのは世界で初めての発見ですので、世界で最も権威のある科学雑誌の一つである「Nature」で発表されたのです。このグループの前回の報告は、科学雑誌の双璧のもう一方を成す「Science」で発表されました。大変面白い研究だと思います。
さて、先ほど、5000 kelvinは太陽の表面と同じ温度だと書きました。太陽と言えば核融合です。そうです。あなたと同じ事を考えた人達がいます。キャビテーションの中で核融合を起こしてしまおうと考えた人達がいます。
これはバブル核融合と呼ばれています。重水素を含むアセトンに超音波を当ててキャビテーションを発生させると、トリチウムや中性子が検出されたとの報告が2002年にあり、大騒ぎになりました。核融合が起こるとトリチウムや中性子が発生するからです
全世界で、この実験の追試が行われました。しかし、現在までのところ、最初にこれを報告したグループ以外では、この現象の再現性が取れていません。ガセネタだったのでしょうか?
あるシミュレーションによると、キャビテーション内部では、一時的に温度が100万 kelvinにまで上昇するとの結果が出ました。この温度なら核融合が起きてもおかしくありません。しかし、別のシミュレーションによると、内部温度はせいぜい2万 kelvin程度だという結果になりました。この温度では核融合は無理です。
キャビテーションの内部で、実際に何が起きているかは、現在精力的に調べられています。バブル核融合は、現在のところ、大多数の専門家には受け入れられていませんが、キャビテーションの研究が進めばあるいは、という期待もあります。2万 kelvinまで達成できるのであれば、その50倍に上げることくらい何とかなりそうだと思うのは素人だからでしょうか?

以上


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